それは平穏な夏の夜のことでした。遠くで雷鳴が聞こえ始めたかと思うと、瞬く間にバケツをひっくり返したような激しい雨が降り出しました。最初は窓に当たる激しい音を眺めているだけでしたが、ふとリビングの床に目をやると、カーテンの裾がじっとりと濡れ、フローリングに水が滲み出していたのです。慌てて窓を開けようとした私は、その光景に言葉を失いました。ベランダの床は完全に見えなくなり、サッシの縁ギリギリまで水が迫っていたのです。パニックになりながら裸足で水の中に飛び込み、手探りで排水口を探しました。水は冷たく、濁っていて底が全く見えません。ようやく指先に触れたのは、大量の泥と落ち葉が混ざり合い、フェルトのように固まった巨大な塊でした。それがストレーナーを完璧に塞いでいたのです。必死にそのゴミを掻き出すと、ゴボゴボという凄まじい音と共に渦を巻いて水が吸い込まれていきましたが、室内の浸水処理にはその後徹夜で取り組むことになりました。翌朝、明るい中で点検すると、排水溝の隅にはエアコンのドレンホースから出た綿埃や、いつか飛んできたであろうビニール袋の破片が泥に埋まっていました。私は「ベランダなんて雨が降れば勝手に綺麗になる」と思い込んでいましたが、その無知が自分の住まいを危険に晒したのだと痛感しました。もし気づくのがあと五分遅れていたら、階下の寝室にまで水が漏れていたかもしれません。それ以来、私は台風の予報が出るたびに、真っ先にベランダの排水口をチェックすることを習慣にしています。掃除は数分で終わりますが、あの時味わった恐怖と虚しさを考えれば、これほど費用対効果の高い作業はありません。ベランダの排水溝は、放置すれば家を壊す凶器になりますが、手入れをすれば静かに家を守り続けてくれる忠実な装置です。あの夜の出来事は、私の住居に対する意識を根本から変えた、忘れられない教訓となりました。詰まりは、家が発している「手入れが必要だよ」という小さなサインです。それを放置せず、適切に応えることが、愛着ある住まいを長持ちさせる秘訣なのです。